遠くへ(1)

大学進学で上京してからの飲酒は寂しさから逃れるための一つの方法だったが…

- 警備員O.M 36歳

 僕が酒を飲み始めたのは、生まれ育った四国の高校を卒業して東京の大学に入り、一人で生活するようになってからです。駒場に下宿を決めてから入学式までのひと月が途方もなく長く感じられました。知り合いといえば、八王子に住む伯父の家族がありましたが、冠婚葬祭の他は交流もなく疎遠だったので気安く遊びにいけるような親族ではありませんでした。また、伯父は当時の大蔵省に勤めていたので、どこか身分の違いというか、僕の家族よりワンランク上の格のようなものを勝手に感じていました。この伯父は昨年亡くなりましたが、アルコールの問題の多い人で、葬儀は近しい親族だけで執り行われたそうです。
それはそうとして、遠く親元から離れられた開放感はありましたし、都会の風にあたるだけで大人になったような気分でした。自分が、浜田省吾の「路地裏の少年」の主人公になったような、そんな気持ちもありました。ただ、寂しくてどうしようもなくなるのはすぐでした。ただの子供でした。
 そんな時、大人といえば酒、寂しさといえば酒、というふうに思ったのでしょう。当時の僕は。アルバイトを早めに探して小遣いくらいは稼ぐよう母親に言われていたので、とりあえず街に出ようと決め、夜寝る前にビールを飲みながら東京のガイドブックを読みふけり、明日の目的地を決めていました。青山から渋谷まで歩いてみようとか、ちょっと怖いけど歌舞伎町をのぞいてみようとか、そんなふうに一日を潰して、下宿に戻ればまたビールを飲みながらテレビの深夜放送をつけてガイドブックを読む。ビールの味は美味しくもなかったけれど、大人の味だと思うとそれが勝りました。すぐに酔うのでテレビも本も面白く感じられ、酔っていても誰もいないので、一人なので、声を出して笑っても、吐いても恥ずかしくないのでその間は充足した気分でした。緊張を解きほぐし、いつの間にか眠る。そうして寂しさを飼いならす方法を見つけたつもりでした。

コメント

人気の投稿